2022年8月に、アナフィラキシーガイドラインが2014年から8年ぶりに改訂されました。
主な変更点として、アナフィラキシーの診断基準、アドレナリンの投与基準などがあります。
アナフィラキシーについて世間一般に広く知られるようになったのは、2012年に東京都調布市で起こった給食での誤食事故の影響が大きいでしょう。
牛乳アレルギーのお子さんが、給食で出たチヂミを食べたことでアナフィラキシーを起こし、亡くなってしまったという事故です。
この事故で、アナフィラキシーおよび治療薬であるエピペン®(アドレナリン注射製剤)の存在を知った方もいるでしょう。
しかし、エピペン®はいまだに処方されたうちの約1%しか使用されていないという現実があります。アナフィラキシーを起こしても、エピペンを使用せず受診する患者さんもいます。
エピペン®は患者さん本人やご家族だけでなく、教職員、保育士、救命救急士なども使用できる薬剤です。
これら小児に携わる方には、アナフィラキシーかどうかの判断、エピペンを使用すべきかの判断ができるようになっていただければと考えます。
そこで今回は、アナフィラキシーについて、国内外のアナフィラキシーガイドラインに基づいて解説します。
アナフィラキシーとは
アナフィラキシーは、「アレルゲン等の侵入により、複数臓器に全身性にアレルギー症状が惹起され、生命に危機を与え得る過敏反応」と定義されます。さらに血圧低下や意識障害を伴う場合をアナフィラキシーショックといいます。
蕁麻疹(じんましん)などの皮膚症状のほか、呼吸困難、血圧低下などの複数臓器にわたる症状が出現し、ときに命を脅かすこともあります。
アナフィラキシーの疫学
アナフィラキシーは、生涯で0.3~5.1%の人に発症すると言われています(1)。
日本では、アナフィラキシーと言われたことのあるこどもは小学生で0.6%、中学生で0.4%、高校生で0.3%という報告があります(2)。
また、一度アナフィラキシーを起こした患者さんは、26.5%~54.0%の割合で再発すると言われています。
アナフィラキシーの死亡率
アナフィラキシーの死亡率は、薬剤で年間100万人あたり0.05~0.51人、食品で0.03~0.32人、毒物では0.09~0.13人と推定されています(1)。
アナフィラキシーの患者数、入院数は増加していますが、死亡率は大きく変化していません。
以下の表は、アナフィラキシーショックによる死亡数の推移を表したものです。
アナフィラキシーの診断基準
アナフィラキシーの新しい診断基準(2項目)
アナフィラキシーガイドラインの改訂により、アナフィラキシーの定義は以下の通り2項目となりました。
①皮膚・粘膜の症状に加えて、気道or循環器or消化器症状が現れた場合
②皮膚症状がなくても、アレルゲンの可能性が高いもの(※1)に曝露されたのち、血圧低下・気管支攣縮(※2)・喉頭症状(※3)が急速に発症した場合
※1 アレルゲンの可能性が高いものとして、卵・牛乳・小麦・ナッツなどの食物アレルギーの原因として一般的なもの、ハチ毒などの毒物、造影剤などの薬剤があります。
※気管支攣縮…ぜーぜーする、息苦しいなどの症状
※喉頭症状…ぜーぜーする、声が枯れる、喉の痛みなど
アナフィラキシーの以前の診断基準(3項目)
以下は、2014年に刊行された旧アナフィラキシーガイドラインによる定義です。
状況によって3項目の診断基準がありました。
新旧ガイドラインに共通する点として、「皮膚症状(蕁麻疹)のみではアナフィラキシーには該当しない」という点です。
蕁麻疹は見た目が派手なため、心配される親御さんも多いですが、蕁麻疹のみで命にかかわることはまずありません。
重要なのは、呼吸器または循環器の症状があるかどうかです。
ちなみに、じんましんとは皮膚が赤く境界明瞭に盛り上がり、かゆみや痛みを伴う皮疹のことです。
アナフィラキシーの原因
アナフィラキシーの原因としてもっとも多いのは食物で、全体の2/3を占めます。
食物アレルギー
食物のなかでは、純粋に食物アレルギーの原因として多い卵、牛乳、小麦が原因となりやすいです。
また、近年ナッツアレルギーが増加傾向であり、こちらも注意が必要です。
愛知県の小児では、2017年が6.0%、2019年は15.3%と2年間で倍以上に増加しています(3)。
また、食物によるアナフィラキシーは自宅で発生する頻度が最も高いという点も予防の観点からは重要です。
食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)
食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)とは、特定の食物を摂取した後、運動をすることによって食物アナフィラキシーが誘発される病態です。
運動をすることで腸管の透過性が亢進して、アレルゲンの吸収が促進されて、アレルギー症状が起こりやすくなります。
原因食物は小麦、甲殻類、果物が多いと言われています(3)。
原因食物の摂取後、2時間以内の運動で起こることが多いですが、最大で4時間で発症したという報告もあります。
また、運動のほか、ロキソニンなどのNSAIDs(解熱鎮痛薬)、疲労、入浴などでも誘発されることもおこりえます。
原因食物を摂取しなければ運動は可能であり、運動を全面禁止にする必要はありません。
薬剤アレルギー
薬剤では、診断用薬剤がもっとも多く、なかでも造影検査に使用される造影剤が最多です。
そのほか、生物学的製剤(輸血製剤、ワクチンなど)、抗生物質でもアナフィラキシーが起きています。
造影剤によるアナフィラキシーの割合は0.04%と言われています。アナフィラキシーの重症化因子として気管支喘息があげられており、喘息の患者さんに対する造影剤の使用には注意が必要となります。
輸血製剤による重症アレルギー症状は数千から数万例に1例と比較的多く報告されています。
アナフィラキシーの危険性が高い医薬品を静脈内注射で使用する場合、特に投与開始直後は注意深く患者さんを観察する必要があります。
昆虫毒
栃木県の調査では、0.36%の人がハチ毒によるアレルギーを発症していました。
林業従事者の40%、電気工事従業者の方の30%が、血液検査でハチアレルギーが陽性(特異的IgE抗体が陽性)であったという報告があります。
一般にもよく知られていますが、短期間に2回刺されることでアナフィラキシーを発症しやすくなります。
ハチ以外には、アリによるアナフィラキシーの報告があります。
アナフィラキシーの症状
症状
アナフィラキシーの症状は多種多様です。
皮膚、粘膜、気道(喉、気管、肺)、消化器(胃、腸)、心血管系、中枢神経系など複数の器官に症状が起こります。
症状は患者さんごとに異なり、同一患者さんでもその時々で異なる症状が起こることがあります。
また、原因が食物か薬物かによっても臓器ごとの症状の出やすさは異なります。
症状 | 最大出現頻度 |
---|---|
皮膚・粘膜症状 | 80-90% |
気道症状 | 70% |
消化器症状 | 45% |
心血管系症状 | 45% |
中枢神経症状 | 15% |
致死的反応
発症初期には、症状の進行の速さや重症度の予測が困難で、数分で死に至ることもあります。
致死的反応において、呼吸停止または心停止までの中央値は薬物5分、ハチ15分、食物30分との報告があります。
致死的反応から蘇生しても、低酸素脳症などの後遺症が残る恐れがあります。
アナフィラキシーに対しては迅速な対応が必要であることを強調しておきます。
二相性反応
アナフィラキシーでは、最初の症状出現から数時間後に再び症状がぶり返すことがあり、これを二相性反応といいます。
二相性反応は成人の最大23%、小児の最大11%のアナフィラキシーに起こります。
二相性反応の約半数は最初の反応から6-12時間以内に出現します。
そのため、小児でアナフィラキシーを起こした場合には、基本的に1泊の入院とすることが一般的です。
アドレナリンの投与の遅れ(発症から30分以上)は、二相性反応の出現に関連するため、アナフィラキシーと判断したらすぐにアドレナリンを投与することが重要です。
アナフィラキシーの重症度
重症度分類
アナフィラキシーの症状は、各臓器ごとに軽症・中等症・重症に分けられます。
重症度判定は、もっとも高い重症度を示す臓器の重症度により行います。
たとえば、グレード3(重症)の症状が一つでもあれば重症と判定します。
重症度分類とアドレナリン投与
改訂前のガイドラインでは、重症度分類に基づいてアドレナリン投与を行うとの記載がありました。
2022年の改訂でこの記載は削除されましたが、実際の診療の上では有用なためご紹介します。
以下の表は、食物アレルギーガイドライン 2021に記載されているアドレナリン投与のフローチャートです。
アナフィラキシーの初期対応
初期対応の流れ
アナフィラキシーの初期対応についても、2022年のガイドラインに新たなフローチャートが記載されています。
しかし、項目が多くやや煩雑です。
食物アレルギーガイドライン 2021に記載されているフローチャートの方が簡便で、病院外で使用するには向いているかもしれません。
東京都が作成した、食物アレルギー緊急時対応マニュアルも簡便であり有用です。
アドレナリンの筋肉注射(エピペン®)について
アドレナリン注射(エピペン®)とは
アドレナリンは、副腎でつくられるホルモンの1種です。
血圧上昇作用、強心作用、気管支拡張作用、粘膜浮腫の抑制作用などがあります。
アナフィラキシーに対してアドレナリンは不動の第一選択薬であり、いかに早くアドレナリンを投与するかが治療の最重要点です。
なお、アドレナリンの投与は筋肉注射です。
「そんなこと、医者でも看護師でもないのにやっていいの?」と思われるかもしれません。
しかし、エピペンは特殊な技能・訓練がなくてもアドレナリンの筋肉注射が打てるよう作られた製剤です。患者本人および保護者だけでなく、教職員、保育士、救命救急士なども使用することができます。
以下のエピペンサイトでは、これらの方向けの説明のページも用意されています。
エピペンの使い方
実際のエピペンの使い方は、注射器本体にも記載してあります。
①太ももの外側に打つ
②服の上からでも打てる
というのがポイントです。
太ももの外側には外側広筋という大きな筋肉があり、太い血管や神経が少ないため安全に筋肉注射を行うことができます。
なお、エピペンを振り下ろして打つと危険です。太ももに押し当ててから打った方が安全で、打たれる側の恐怖心も抑えられます。
練習キットとしてエピペントレーナーという器具もあり、エピペンを処方された
エピペンを打つべき症状
エピペンガイドブックでは、以下のような症状があるときにエピペン®を打つように提示しています。
もし、エピペン®を打つか迷ったら打つようにしてください。
実際に、処方されたエピペン®の約1%しか使われていないという報告があります(3)。
使用すべき場合に使用しないことは、使用しなくてよい場合に使用することよりもずっと危険です。
アナフィラキシーではないのにエピペン®を使った場合の症状
アナフィラキシーかどうかにかかわらず、エピペン®を打つと以下のような症状が現れることがあります。
しかし、アドレナリンの効果は短時間で消失するため、これらの副作用も一時的なものと考えられます。
結果的にアナフィラキシーではなかった場合にエピペン®を打ったとしても、命にかかわるような副作用が起こることはほとんどありません。
また、アドレナリン(エピペン®)自体による副作用からは、全例が回復していることも報告されています。
※アドレナリンの血中濃度は10程度で最大になり、40分程度で半減します。
エピペンを持つべき患者さん
エピペンの小児における適応は、体重15kg以上です。
年齢としては3-4歳ごろからとなります。
エピペンの処方を検討する事項としては、①アナフィラキシーの既往がある、②微量摂取での症状出現の既往がある場合、③近くに医療機関がない場合、などがあげられます。
まとめ
アナフィラキシーは、最悪の場合命にも関わる緊急事態です。
アナフィラキシーを起こしたことのある患者さんは、ご家庭での対応はもちろん、学校・保育園などでの対応についても確認しておく必要があります。
また、エピペンの使い方についても練習・確認が必要です。
エピペンは「なにかあったときのお守り」ではなく、治療薬です。
実際の使い方は、練習キットも交えて本人・保護者がしっかりと習熟しておきましょう。
アナフィラキシーで受診されるケースの多くは、誤ってアレルギー食材を食べてしまう「誤食」です。しかし、この誤食はどんなに気を付けていても起こってしまうことはあります。
大事なことは、「誤食が起きてしまったときにどう対応するか」です。
①アナフィラキシーかどうかの判断ができること
②エピペンを打つべきかの判断ができること
この2点をぜひ確認していただければ幸いです。
・アナフィラキシーとは、アレルギー反応による皮膚症状+臓器症状の状態
・発症から30分程度で心停止となる恐れもある緊急事態である
・アナフィラキシーの多くは自宅で起きている
・アナフィラキシーと判断したら、①寝かせる、②(あれば)エピペンを打つ、③救急要請
・エピペンは「迷ったら打つ」